陸上に燃える

高校で変わるためにコンタクトの次にしたこと、それは陸上部に入部したことである。
陸上部の長距離。

僕の中でモテるやつはスポーツができるというイメージが強かった。
運動音痴はモテない。

何で陸上?て思うかもしれないけど、
高校からサッカーやバスケとか球技を始めてうまくなれると思えなかったから。。
もとから運動神経がいいわけではないのにさ。

あとは痩せたかったというのも理由かな。
デブはモテないじゃんね。

あと、天パの髪形を脱却するために坊主にした。
運動選手の坊主ならまだ部活に燃えてるって感じでかっこいいかなと思ってさ☆

ここで自分に大きな変化が起きる。
中学時代は帰宅部でゲームばかりやってたおたく少年がスポーツマンになるのだ。

実はこれも中学三年くらいから狙っていたことであった。
中学頃の陸上部の長距離選手のエースが同じクラスだったんだけど、
そいつ、実は小学生の頃はとりわけ運動ができるやつじゃなかったんだよね。
で、そいついわくマラソンには才能は必要なくて、毎日の練習量が結果だって言ってたんだよね。

で、実際そいつは中学三年の頃には学校のマラソン大会で学年一位になってた。
ちなみに僕は100人くらい中の40位くらいだった。
運動できないやつができるようになる過程を見てたから、
僕も同じように努力すれば僕も同じように変われるんじゃないかって思ったんだ。

で、実はこっそり秘密特訓していたんだけど、
実は中三の夏くらいから毎日30分くらい夜マラソンするようにしていたんだよね。
たぶん週に5日くらいのペースで夏から春まで半年ちょっとくらい続けてた。
マラソン大会で40位はマラソン始めて4か月くらいのときだった。
半分よりも上だったのはその時は自分では満足だった。

そんな僕が陸上部に入部したのだが、そこの陸上部はすごくきつくて、
毎朝、朝練から一時間くらい走らされる。
午後は練習によるけど毎日10キロとか普通に走る。
土曜日や日曜日も部活はあり、その日は20キロとか走らされる。

そんな練習に元おたくの俺がついていけるはずもなく、
俺はいつも取り残されて練習に後れを取っていた。
でも、練習を挫折することはなく、どんなに遅くても最後まで練習はこなした。
始めはきつくて何回吐いたことかわからない。

ただ、練習がきついせいで僕よりも走るのは速くても、部を辞めていく部員も多かった。
そんな中で僕が続けられていたのは意地だった。
人間変わるとき必ず壁にぶつかると思う。そこを乗り越えられるかが重要だ。
僕はこの時に辛くて部活を辞めていたら変わる機会を逃していて今の自分はいないと思う。

半年が経った頃に僕は変わっていた。
しかし、たった半年である。半年で人は変われる。
まず、辛い練習のせいで僕は痩せた。
毎日20キロとかを5か月続けて痩せないほうがおかしい。

半年で一年生部員は三分の一になっていた。
しかし、そこに残っていた僕は最初は冷ややかだったまわりも僕を認めてくれていた。
練習がきつくて帰ったら朝も早いからすぐ寝る毎日。土日も部活。
そのせいでゲームをやる時間は全くなくて、ゲームから離れた。
完全な陸上少年。おたく色はわずか半年で自分からだいぶ消えていた。

余談になるが、この後、高校一年の冬、
校内のマラソン大会で200人くらいの中、学年で2位になる。
中学時代の僕を知る者からしたら考えられないことだと思う。

人は努力次第で必ず変われる。
中学で運動音痴でも、実は中学時代の運動部はよほどスポーツが盛んな学校でない限り、
実は高校の部活と比べるとそんなに練習していない。

毎日10キロや20キロを挫折せずに一年間続ければ、
どんなに体力がないやつでも体力つくよ、まじで。

でも僕はこの時は本当に頑張ったし、辛かったよ。
でも、この経験は後の人生で自分に大きな影響を与えたと思う。
僕はこれにより、挫折しない根性を得たからだ。